ちせ本の記録
私の好きな本を集め感想を書いていきます。純文学を中心にしますので、宿題やレポートの参考にもどうぞ。
「恐るべき子供たち」 コクトー
「子供たち」とは、本当の意味での子供ではなく、大人になりきれなかった大人のこと。彼らは、意外と私たちの身近なところにも存在しているのかもしれません。「大人」には、そんな「子供たち」を探し出す義務があるのです。


 「子供たち」をさがせ。

 「子供たち」とは、本当の意味での子供ではなく、大人になりきれなかった大人のことです。
 エリザベスとポールという姉と弟。2人を作り上げた下地には、2人の生来の性格だけではなく、幼い頃より「死」の影がつきまとい、まともに育ててくれる本物の「大人」に恵まれなかったという環境も起因としてあるでしょう。いえ、それこそが本物の原因なのかもしれません。父の顔をほとんど知らず、病気で何もできない母と共に育ち、母の死後は医師の庇護のもとに成長していくものの、ポールのケガを機に「学校へ行かなくてもいい」という環境に埋もれ、2人は2人だけの世界を作り上げていくことになります。2人の面倒を見る医師の「親切」や派遣された看護師の「甘やかし」は、2人を自由にさせているようでいて、単に「無関心」でしかない、というのが真実ではないでしょうか。
 そして2人の作り上げた世界は、コクトーらしい不思議な空間が作られていて、なんとも言えず危なっかしく、それでいて美しい。その美しさは、ポールが幼い頃に憧れ、彼のケガの原因を作った危険なクラスメートのダルジュロに象徴されることになります。
 その美しさにひかれていくのが、ポールの友人であるジェラールと、エリザベスの友人アガート。それ以外の人が2人の中に入ろうとすると、不思議と何かが邪魔をします。おそらくその最たるものが「死」。そしてやがて、ジェラールやアガートが「大人」になるにしたがい、その2人でさえ姉と弟にとっては邪魔者になっていきます。2人が夢想する「死」の中に、忍び入ろうとする「生」。ダルジュロの世界とは対極の世界。
 はからずもこの作品を読んでいる頃に、新聞で「無戸籍の子どもたち」に関する記事を読むことになりました。そこに出てきた人は後に戸籍を手に入れることができたからこそ新聞が取材できた人であり、あくまでも氷山の一角でしかありません。
 エリザベスとポールのように、社会から隔絶したところで生きている「子供たち」は、身近なところに存在しているのかもしれません。「大人」には、彼らを幼いうちに見つけ出し、無関心から逃れて「生」の世界へといざなう責任があるのです。


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