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「雪国」 川端康成

川端康成
11 /28 2012
読めば読むほどに、雪国の寂しい風景と駒子の生き方が重なり合い、駒子の思いに触れていく作品。駒子は、川端康成の描いた最高の女性だと思われます。


 駒子という女性


 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」
 この国では、新緑の季節や夏の登山、秋の紅葉、冬にはスキー客などで賑わい、宿では芸者を呼んで酔っ払い、それなりに華やかな楽しみが繰り広げられているのでしょう。
 しかし、親の財産で退屈な暮らしをしている中で時折1人で訪れる島村の周囲には、そのような賑やかさはありません。ただ暗く、寂しい光景。彼がここへ来るのは、この国に見るそうした景色を好むからでしょうか。それとも、芸妓である駒子に惹かれるからでしょうか。
 島村の前に表れる駒子はいつもつらそうです。そうは決して見せないあけすけな様子にそれが強く感じられます。東京で一旦受け出されたものの、わずか1年半で夫に死なれ国に戻った駒子。わずか20歳そこそこで経験したそんな運命は簡単に話しますが、それに対する思いとなるとはぐらかしてしまいます。お座敷で踊り、唄い、客にさんざん飲まされた様子で「苦しい」と島村の部屋へ駆け込む駒子。愚痴はこぼさず、ただ島村に甘えるだけの駒子。肝心な話になると口を閉ざしてしまう駒子。座敷での賑やかな様子は全く描かれず、島村のところへ逃げ込む姿だけが映し出されます。
 駒子の師匠の息子で、東京で病にかかり国へ帰った行男と駒子は、許嫁だったという噂もありますが、それについても否定するだけで多くは語らず、危篤と知らされても帰郷する島村のそばにくっついたまま、その死に目にさえも会おうとはしませんでした。拒絶があまりに激しいだけに、本当は何かしら強い思いがあったのだと読者は想像するより他ありません。
 それに反して、下働きで病の行男を東京へ迎えに行った葉子は正直です。駒子によると、毎日墓参りばかりしていて今に気がちがう、ということです。
 それは駒子自身が自分に言い聞かせている思いなのかもしれません。一途な思い、でもかなわぬ思いは今に気をちがわせてしまう、と。島村は家庭を持つ行きずりの旅人で、決して一緒になれないとわかっているからこそ、死んだ人間に縛られる葉子を否定するのかもしれません。
 島村はもう、駒子に会ってはならないと私は思います。「この子、気がちがうわ。気がちがうわ。」という尻切れとんぼな終わり方と天の川は、その後の運命を読者の想像にゆだねています。
 回数を重ねて読めば読むほど駒子の思いが理解できる、そんな作品です。

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コメント

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こんにちは。

記事を読んで「あれ、雪国ってどんな話だったっけ?」とスッカリ忘れていたので再読してのコメントです(笑)

一応、島村を中心に描かれていましたが、駒子が主人公のような感じがしますよね。
島村の心の動きが、自分はちょっとわからなかったというのもありますけど。

Re: こんにちは。

> 記事を読んで「あれ、雪国ってどんな話だったっけ?」とスッカリ忘れていたので再読してのコメントです(笑)
>
> 一応、島村を中心に描かれていましたが、駒子が主人公のような感じがしますよね。
> 島村の心の動きが、自分はちょっとわからなかったというのもありますけど。

コメントありがとうございます。私の感想文を読んでまた再読してくれたとはうれしい話です。
この作品は、島村はストーリーを進める人に過ぎず、駒子と葉子という2人の女性を描いた話だと私は思っています。

千世

1970年生まれ。国文科出身。職業は介護支援専門員。家族は夫と猫の2人と1匹暮らしです。
文学を離れて働く今も、読書は一生のライフワークです。