ちせ本の記録
私の好きな本を集め感想を書いていきます。純文学を中心にしますので、宿題やレポートの参考にもどうぞ。
「騎士団長殺し 第1部・第2部」 村上春樹
ワンパターン化した感のある村上ワールド。特に今回はゆるーい設定。安心して読めます。


 こんなもんじゃない

 村上春樹の最新作です。久々の長編小説の新作。
 村上春樹の長編小説で、これほど安心して読めたのは初めてかもしれません。「本当にこれでいいのか?」と思うほど。楽しかったからまあ、いいですけど。
 事前に新聞の書評で「初めて村上春樹を読む人におすすめ」とあるのを読みました。確かに、村上春樹らしい要素はふんだんにちりばめられてあります。主人公の「私」(なぜ「私」なんだろう。今までの「僕」と別に違いはないけど)もいつも通りだし、なんかわからない不可思議な感じやユーモアもたっぷり、性描写もびっしり、です。それでいて刺激が少ないので安心。ただ、それなら『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』で十分ではありませんか?(あっちの方が面白いよ)
 主人公が屋根裏部屋でみつけた「騎士団長殺し」という絵画。真夜中に聞こえる鈴の音。石の下から表れた穴。幼くして死んだ妹と、突然別れを告げた妻。そして、向かいの豪邸に住む謎の男「免色渉(めんしきわたる)」と彼の娘かもしれない少女の「秋川まりえ」。
 これらが物語にからまってくる主要な要素。
 メタファーとしての要素は『1Q84』と比して何となく弱い。「穴」は『ねじまき鳥クロニクル』の井戸に比べて随分と広くて浅い。豪邸に住んで向かいの家をのぞき見する免色さんは『グレート・ギャツビー』みたいですが、ギャツビーに比べると悲劇性が足りない。秋川まりえは普通の女の子。子どもと言えば『海辺のカフカ』の田村カフカ君が非常に印象的ですが、彼と比べてインパクトが弱いのはともかく、『ダンス・ダンス・ダンス』のユキと比べても、非常に個性の弱い女の子です。そして直接性交しなくても子どもができるのは、『1Q84』でもっと丁寧にやってる。
 主人公が穴にとじこめられても、暗くて狭い横穴をくぐりぬけても、「白いスバル・フォレスターの男」に追いかけられても、騎士団長を殺しても、さして恐怖を感じないのは、他の作品でもっと刺激的な恐怖を体験しているからです。暴力的なシーンは『ねじまき鳥クロニクル』でさんざん味わっています。
 老人が安らかにあの世へ行くのを助け、普通の少女の成長を助け、妹の死によって身についた恐怖を克服し、それによって妻が戻ってくるという大団円は予想通り。あまりに予想を裏切らないので拍子抜けするほどです。
 おかしなしゃべり方をする、体長60センチの「騎士団長」というキャラがとてもかわいらしくて好きです。あのゆるさは作品のゆるさに合っています。
 過去の例からしてもう1冊続きが出る可能性ももちろん考えられます。そうすると結末は違ってくるのかもしれませんが、とりあえずここで一旦終わっていることは確か。ゆるーい安心感。
 村上春樹の長年の読者として、今こういうゆるい作品が生まれたことは素直に受け止めたいと思います。でも、初めて村上春樹を読む人には言っておきます。
 本当はこんなもんじゃないよ。

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「放浪記」 林芙美子
作者自身の、貧しくみじめだった生活。雑然と並べられた日記だからこそ、感じられる真実味。それを乗り越えて生きる強さ、そしてやさしさ。


 貧しく、強く、やさしく。

 作者自身の自伝的小説と言われる「放浪記」。自伝といっても時系列的に自身の過去を振り返ったり、自己を分析したりするのではなく、その時に書いた日記のようなものを雑然と並べただけ。説明はいっさいなく、その時々の出来事、感情がありのままに描かれます。
 今日の仕事、今日食べたもの、出会った人。何を売ってその日をしのいだか。具体的な数字と共に描かれるからこそ、より真実味を感じることができます。
 故郷はなく、親子3人行商をしてさすらうあまりに貧しい生活。1人東京へ出て、詩や小説で生計を立てたいと思いながらも、現実は職を転々とするその日暮らしの生活。事務、女工、女中、そしてカフエーの女給。木賃宿に泊まりながら、職安へ行き、履歴書を書いて職を探し、時にカフエーの戸を叩いて住み込みで働かせてもらうことも。カフエーには同様みじめな女が多く、男運がないのもみな共通です。貧しく余裕がないからこそだまされる女たち。「食いたい」「金がほしい」というあまりにダイレクトな言葉が、本当の貧しさを強調します。
 それにしても、そんな極限の状態にあって1人で生きていける芙美子は何と強い女であることでしょう。時に男にすがりたいと思っても、何とか食わせてくれるような誠実な男では物足りず、どうしようもない男にほれて、いっそうみじめな思いをする芙美子。堅実に生きることよりも、自らの欲求を満たすことに貪欲な芙美子。その欲求が何より「ものを書く」ことであり、書きなぐったかのような詩に感情が溢れ返っています。その詩を1人新聞社に持ち込む度胸もたいしたもの。貧しい生まれの女が自分に正直に生きるには、これほどの苦労がいった時代なのでしょうか。
 貧乏な人ほどやさしく助け合って生きる姿が印象に残ります。わずかしかないお金を、時により貧しい人に分け与えてしまう社会。みじめだからこそ、わかりあえるカフエーの女たち。芙美子もわずかのお金が貯まると親へ送金。芙美子の貧乏の始まりは両親ゆえですが、男にめぐまれなかった不幸な母を思う気持ちが随所に表れています。
 改めて、なんと強い女性でしょう。これだけの苦難があるからこそ彼女は作家になれたのかもしれません。ありきたりのぬるい人生では彼女には物足りなく、自分でも気づかぬうちに、あえて苦難を求めることで、作家となるためのレールを敷いていたのかもしれません。

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「勝者に報酬はない・キリマンジャロの雪―ヘミングウェイ全短編2―」 ヘミングウェイ
サファリでの狩猟をモチーフにした「フランシス・マカンバーの短い幸福な生涯」と「キリマンジャロの雪」が印象的な短編集。つきまとうのはやはり「死」。


 戦場、そしてアフリカへ

 ヘミングウェイが、2番目の妻と共にキー・ウエストに居をかまえていた頃に書かれた短編集です。「解説」によると当時のヘミングウェイは大富豪である妻の叔父の援助を受けて、かなり豊かな生活をしていたようです。しかし彼はそれを決して快くは思っていなかったようで、その事実に対する彼の複雑な思いは「キリマンジャロの雪」で主人公によって語られています。「キリマンジャロの雪」を始めとして、作者自身の経験や思いが投影されている作品が多く感じました。
 前作品集に多く見られた「戦争」や「闘牛」、あるいは「男女の心の機微」を描いた作品もありますが、今作品集で印象に残ったのは、アフリカのサファリでの狩猟を題材とした、「フランシス・マカンバーの短い幸福な生涯」と「キリマンジャロの雪」です。戦争や闘牛と同様、「狩猟」にも常に「死」がつきまといます。人間の死と野獣の死。いつ誰のもとに、突然訪れるかわからない「死」。人生のある一瞬だけを切り取ることで「死」はとても鮮やかに描かれます。ヘミングウェイらしい、簡潔な文体で。
 作者が「死」をいかに身近に感じていたについては、その他「死者の博物誌」のように直接的に死を描いた作品でなくても、「死ぬかと思って」のように普通の子どもの日常を描いたような作品からも感じ取れます。
 この時代、ヘミングウェイの父親が拳銃自殺をしたそうです。後に彼自身がたどったと同じ道を父が。それもまた、この時代の作品において彼をよりいっそう「死」に近づけた要因で会ったように思われます。
 この後彼は妻と別れて再び戦地へ赴くことになります。そうしてかの『誰がために鐘は鳴る』という長編小説が生まれました。同じ頃に出版された次の短編集でも、戦場での経験が投影されることになるのでしょうか。戦地からどのような影響を受けてどのような作品が生まれたのか、また次を読むのが楽しみです。

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「王妃マリー・アントワネット(上・下)」 遠藤周作
世界中で描かれるマリー・アントワネット。その生涯を描いた遠藤周作の小説。娼婦マルグリットと修道女アニエスという史実にはない女性の存在が、作品を彩ります。


 それでもやっぱり、マリー・アントワネット

 世界中で描きつくされた感のあるマリー・アントワネットの生涯を、フランスに留学した経験があり、すでに作家として大成していた遠藤周作が、1980年代に書いた作品です。日本でも「ベルサイユのばら」が大ヒットした後であり、宝塚歌劇団がベルばらブームを巻き起こしていた矢先です。
 作者がそんな時期にこの作品を出版した意図はどうであれ、「マリー・アントワネット」という人物は、世界中の多くの人がその生涯に興味を抱き、悲劇の運命を共にたどらずにはいられない、そんな人物だと言えるでしょう。
 マリー・アントワネットを描くには、曲げられない厳然とした史実が存在します。またその人物像についても、あまりに多くの人が描いているためにどこか固定化されたイメージがあり、大きく曲げてしまうと違和感を抱いてしまいます。マリー・アントワネットはわがままで誇り高く、ルイ16世は鈍重でやさしく、フェルゼンは生真面目で忠実でないといけない、そんなイメージが。
 遠藤周作はそうした部分については曲げることなく、史実にはない人物をクローズアップさせることで他の作品との違いを印象付けました。
 その人物の1人が言うまでもなくもう1人のヒロイン、マルグリットです。マリー・アントワネットとは1歳違いの孤児で娼婦。婚礼のためにフランスに入ったオーストリアの姫を見かけて以来、彼女を憎み続けるマリー・アントワネットそっくりの少女。
 そしてもう1人、修道女でありながら修道院を飛び出し、貧しい人々を救うため革命に身を投じるアニエス修道女。
 マルグリットが革命の、流血を伴う残酷すぎる一面に引きつけられるのに対し、アニエスは変わりゆく革命に疑問を覚え、流血を嫌悪し、それがためにマラーの暗殺者として史実と関わることになります。
 彼女たちの存在が作品を大きく彩っていることは事実です。
 しかしそれでも、やはり主役はマリー・アントワネット。すでにその生涯については十分知っているにも関わらず、改めてその女性の運命の変転には深い感銘を覚えます。
 マリー・アントワネットの生涯をたどるとき、私はいつもフェルゼンが創作ではなく実在の人であることに感嘆させられます。王家の危機に、誰もが王家を見捨てる時代に、たとえどんなに無謀で愚かな仕業とはいえ、国王一家の逃亡をはかるという大きな危険を冒したことは事実なのです。外国人であり、たとえ国王一家が助かったとしても、自分自身には何の得もないにも関わらず。それを思うと王妃と彼の間に肉体関係があったのかどうかなどの議論は、本当に些細なことだと思えます。
 遠藤周作は、そんな2人の関係をとても美しく、説得力のある描き方をしています。2人の最後の邂逅シーンが印象的です。

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「少将滋幹の母」 谷崎潤一郎
谷崎潤一郎が描く平安王朝ものがたり。史実をおりまぜているだけに現実味があり、心理描写が見事です。滑稽味と悲哀にあふれた作品です。


 平安の世のものがたり

 谷崎潤一郎が、残る文献を参考に実在の人物をよみがえらせた、平安王朝のものがたり。
 物語は一見タイトルとは全く関係がないかにみえる、平中という人物のある恋愛譚から始まります。かの『源氏物語』にも登場する有名な色男が、求めた女にまんまと出しぬかれてしまうちょっと滑稽な逸話。
 いったいこれがタイトルとどのように関わってくるのか、この逸話は本筋と関係があるのかと読者に疑問を感じさせたところから、物語は見事な展開を見せます。
 ヒロインは大納言国経の北の方。それを時の権力者である左大臣時平が、皆の前で正々堂々と、大納言から奪ってみせるのです。そのとっかかりを作ったのが実は平中であるという仕掛け。
 大納言国経はすでに齢70歳を超え、位もやっと大納言、北の方はまだ20歳そこそこで人の噂に上る美貌の持ち主。一方の左大臣時平は、30代半ばで名実ともに天下一の権力者。北の方の夫にはどちらがふさわしいかは言うまでもありません。
 老人と若く美しい妻という組み合わせはいかにも谷崎らしいと言えますが、私は国経に、他の作品に見られるようないやらしさを感じませんでした。それは国経が美しい妻に溺れながらも、どこかで自分自身と妻の立場を冷静に見ているからです。その冷静に妻を思いやる心が、妻を奪われるきっかけになったともいえ、老人の悲哀が漂います。実際に妻がさらわれていく場面は、その後の国経の心理描写も含めて非常に臨場感があり、迫力さえ感じます。
 少将滋幹の両親は大納言国経とその北の方です。幼くして権力者に母を奪われた少年の、大人になっても消えない美しい母への思慕。平中の後悔と未練。過去に北の方と通じ合ったことのある平中は、その思いを幼い滋幹の腕に歌を書いて託します。左大臣の妻となった北の方の思いが垣間見えるのはその場面だけ。国経や滋幹への思いはどうであったのか、それは想像するしかありません。
 そして、その後の老人の姿。後悔と未練。思いを断ち切ろうとして仏の道を志そうとしても、悟りきれないまま生涯を終えることになります。息子と共に屍骸の捨て場で沈思する場面もまた恐怖心を誘って印象的です。
 前半の読者を飽きさせない迫力のあるストーリー展開と、後半の悲しくも美しい場面にひきつけられます。人物の心理描写も見事で、平安時代の人々の思いが生き生きと伝わってきます。滑稽味と悲哀の感じられる、読み応えのある作品です。

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