ちせ本の記録
私の好きな本を集め感想を書いていきます。純文学を中心にしますので、宿題やレポートの参考にもどうぞ。
「星と祭り(上・下)」 井上靖
遺体のない行方不明者を、「死者」として受け入れるのはいかに困難なことか。娘みはるをボートの転落事故で失った主人公の、魂の遍歴。


 お月さまと観音さま

 東日本大震災により、いまだ2500人以上もの行方不明者がいることを思わざるをえませんでした。戦争による多くの行方不明者のことも。その生死のけじめをどこでつけるかは、残された人たちそれぞれの思いにかかっている、そう感じました。残された者は、どうにかして生きていくしかないのです。
 架山の娘みはるは、17歳のとき琵琶湖でボートの転覆事故により亡くなりました。青年と共にボートを出したことはわかっているものの、転覆時の目撃者はなく原因は不明のまま、遺体もみつかりませんでした。
 みはるの母親と架山は、みはるがまだ幼い頃に離婚しています。架山には新しい妻と娘がいます。娘を失った悲しみを分かち合う相手もなく、架山は1人でそのつらさ、苦しさを消化し、乗り越えていかなければなりません。共に死んだ青年の父親に対する思いは複雑です。愛する者の死を受け入れられない人は、それを他人のせいにしてしまうところがあり、架山にとって青年や青年の父である大三浦は、そんな加害者の1人でした。
 思いを誰にも語れない架山は、心の中で生きても死んでもいないみはるとの対話を始めます。妻に話せないことを愛人にこっそり話すように。そして、みはるの遺体が眠る琵琶湖を避けて生きていきます。一方の大三浦は、琵琶湖畔の十一面観音像を拝み続けることで、自らを慰めています。
 架山がみはるの死を受け入れるのに何よりの助けとなったのは、結局その十一面観音と、みはるとは縁のない登山家たちと行ったヒマラヤへの観月旅行でした。
 エベレストのふもとの集落で、月を見ながらみはると2人だけで話をしようと行ったのに、おかしいのはその旅行の描写において、みはるがほとんど登場しないことです。ふもととは言えそこはヒマラヤ山脈、標高は高く足元の悪い道を何日もかけて歩かなければたどりつけません。おまけに雨が降っています。目的地にたどりつくだけで必死なのです。
 みはるのかわりに見えてきたのは、石に刻まれた経文やチョルテン。過酷なヒマラヤ山地で、人の死をより身近に感じて祈りながら生きる人々の姿。ヒマラヤの巨大な連山とドウトコシの渓谷。そこに姿を現した月。感じたのは「永劫」。
 帰国した架山は、大三浦の勧めにより琵琶湖畔の十一面観音をめぐります。観音さま一体一体の様子がつぶさに描かれ、その一体一体に感じ入っていく様子がよくわかります。その美しさ、やさしさに読者も、主人公と共にひきつけられていきます。
 架山が大三浦と共に琵琶湖に船を出し、春の満月の下、十一面観音の名を唱えながら葬儀を行うラストは圧巻です。
 2人の父親がこれで本当に区切りをつけることができたのかは、誰にもわかりません。物語はここで終わっていますが、子どもを亡くした父親としての人生はまだまだ続きます。しかし、十一面観音は琵琶湖の底に眠る2人だけではなく、その親たちのことも見守っていることでしょう。ヒマラヤを照らす月も、ヒマラヤで祈りながら暮らす人たちも、また。

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「フランケンシュタイン」 シェリー
科学者フランケンシュタインが、自らの欲望のためのみに想像した見るもおぞましい怪物。その怪物の悲しみと、人間の非情さが描かれます。


 「人を見かけで判断してはいけません」

 ホラーで名高い「フランケンシュタイン」のこれが原作です。
 科学者フランケンシュタインが、自らの研究の果てに想像した生命。それは見るもおぞましい怪物でした。家族や友人との連絡を絶ち、自らの欲望のためだけに、あらん限りの情熱を注いで作り上げた人造人間。しかしあろうことか創造主は、苦労の果てに作り上げたおのれの作品を見たとたん、恐怖と嫌悪のあまりその場から逃げ出すのです。それが、悲劇の始まりでした。
 何より心に残るのは怪物の悲しみです。創造主に見捨てられ、ひとりきりになった彼は、ひとりでさまよい歩き、人の心に触れ、言葉を覚え、知識を磨いていきます。しかし、どんなに心やさしく素晴らしいと思った人もみな、彼の姿をひとめ見たとたんに化け物と断じ、彼を打ち据え、殺そうとします。彼がひそかに行った善行など、誰も彼の行いと信じることはありません。これはいじめ以外の何物でもありません。結果、彼は創造主であるフランケンシュタインに対する復讐心を抱くようになりました。
なぜこうも悲しいのでしょう。人間とは残酷なものです。いじめとはこうやって生まれるのです。
 「人を見かけで判断してはいけない」と語る親や教師たち。善人面をした大人たちの嘘。子どもたちはもっと正直です。残酷なまでに素直です。
 創造主でありながら、その心を理解しようともしないフランケンシュタイン。もともとは彼の身勝手な欲望が生んだ産物です。友や家族を殺したのは、怪物を作った彼自身のはずなのに、それを誰にも語らず、怪物の気持ちと直接向き合うこともなく、すべてをおぞましい怪物のせいにして、都合よく逃げ回る姿に非常に腹が立ちました。
 おそろしいのは何よりも、その制御できない野心です。語り手であるウォルターが、フランケンシュタインの言葉を振り切って、自らの野心を制したところに作者の思いが象徴されています。
 アダムがイブを欲したように、妻がほしいと、孤独を慰めるために自らの伴侶がほしいからもう一体女の形で作ってほしい、という怪物の気持ちには、何とも切ないものを感じます。
 人を、見かけで、判断しては、いけません。彼の心をも怪物にしてしまったものは、善良な人間たちなのです。

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「雲の墓標」 阿川弘之
生死の境をゆく訓練の日々。仲間の死。決して帰ってくることのない仲間と交わすわかれの盃。海軍予備士官の日常をつづった日記に、戦争の悲惨さがダイレクトに伝わります。


 わかれの盃

 今までに何冊もの戦争文学を読んできましたが、これほど深く心にしみわたった作品は他にありません。戦争で散った若き命たち。今の平和の礎のために、青春を犠牲にした彼ら。
 作品は、全編がほぼ海軍予備士官吉野次郎の日記から成ります。昭和18年12月の入団から昭和20年6月の特攻隊員としての出撃まで。そこに同士であり友人である藤倉晶の3通の手紙が交じります。
 日々の出来事をつづった個人の日記と手紙から成るため、戦争に対する作者の声高な意見などは一切ありません。予備学生としての訓練の日常がつづられるだけで、彼らから見た戦争の現実がダイレクトに伝わってきます。
 彼らは共に京大で万葉集を学ぶ仲間でした。卒業後は研究者や教職の道を歩むはずでした。しかし時代は彼らにそれを許さず、吉野は同僚の藤倉、坂井と共に、海軍航空隊に入隊することになりました。
 日記にはそんな自らの運命へのうらみつらみは一切述べられていません。変えられない運命だからこそ、それを受け入れて立派な飛行機乗りとして死んでいきたい。自分にそう言い聞かせ、家族や学問への思いを断ち切り、訓練に専念しようとする姿がより痛ましく映ります。敗戦の色濃くなってゆくのを感じつつも、それを否定していつかは勝つと思わなければ、自らの死が日本を勝利に導くと信じなければ、彼らが今そこにいる意味がないのです。
 いずれ死ぬとわかっていても、訓練中の事故ではなく、敵に突撃して死にたいという思いは、戦争への恨みを声高に叫ばれるよりはるかに、戦争の悲惨さを強く訴えかけてきます。
 藤倉は日本の敗戦を確信し、自分は生きて帰りたいと恩師や友人に綴ります。しかし逃げることのできない運命にある彼に、その通りだから帰っておいでとは誰も言えません。死の覚悟ができない彼を、ただ心配するばかりです。
「外出」という名の休日。鉄道に乗って温泉へ行ったり、外食をしたり。娑婆の空気に触れる日。食べ物やお酒は豊富。海兵出身者との相撲大会もありました。
 生死の境をゆく訓練の日々。仲間の死。燃料不足で飛行訓練さえ中止になる毎日。連日のように不時着する軍用機。B29の爆撃。それによる多数の使者。出撃命令。決して帰ってくることのない仲間と交わすわかれの盃。
 それが日記につづられる、当たり前の日常です。

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「騎士団長殺し 第1部・第2部」 村上春樹
ワンパターン化した感のある村上ワールド。特に今回はゆるーい設定。安心して読めます。


 こんなもんじゃない

 村上春樹の最新作です。久々の長編小説の新作。
 村上春樹の長編小説で、これほど安心して読めたのは初めてかもしれません。「本当にこれでいいのか?」と思うほど。楽しかったからまあ、いいですけど。
 事前に新聞の書評で「初めて村上春樹を読む人におすすめ」とあるのを読みました。確かに、村上春樹らしい要素はふんだんにちりばめられてあります。主人公の「私」(なぜ「私」なんだろう。今までの「僕」と別に違いはないけど)もいつも通りだし、なんかわからない不可思議な感じやユーモアもたっぷり、性描写もびっしり、です。それでいて刺激が少ないので安心。ただ、それなら『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』で十分ではありませんか?(あっちの方が面白いよ)
 主人公が屋根裏部屋でみつけた「騎士団長殺し」という絵画。真夜中に聞こえる鈴の音。石の下から表れた穴。幼くして死んだ妹と、突然別れを告げた妻。そして、向かいの豪邸に住む謎の男「免色渉(めんしきわたる)」と彼の娘かもしれない少女の「秋川まりえ」。
 これらが物語にからまってくる主要な要素。
 メタファーとしての要素は『1Q84』と比して何となく弱い。「穴」は『ねじまき鳥クロニクル』の井戸に比べて随分と広くて浅い。豪邸に住んで向かいの家をのぞき見する免色さんは『グレート・ギャツビー』みたいですが、ギャツビーに比べると悲劇性が足りない。秋川まりえは普通の女の子。子どもと言えば『海辺のカフカ』の田村カフカ君が非常に印象的ですが、彼と比べてインパクトが弱いのはともかく、『ダンス・ダンス・ダンス』のユキと比べても、非常に個性の弱い女の子です。そして直接性交しなくても子どもができるのは、『1Q84』でもっと丁寧にやってる。
 主人公が穴にとじこめられても、暗くて狭い横穴をくぐりぬけても、「白いスバル・フォレスターの男」に追いかけられても、騎士団長を殺しても、さして恐怖を感じないのは、他の作品でもっと刺激的な恐怖を体験しているからです。暴力的なシーンは『ねじまき鳥クロニクル』でさんざん味わっています。
 老人が安らかにあの世へ行くのを助け、普通の少女の成長を助け、妹の死によって身についた恐怖を克服し、それによって妻が戻ってくるという大団円は予想通り。あまりに予想を裏切らないので拍子抜けするほどです。
 おかしなしゃべり方をする、体長60センチの「騎士団長」というキャラがとてもかわいらしくて好きです。あのゆるさは作品のゆるさに合っています。
 過去の例からしてもう1冊続きが出る可能性ももちろん考えられます。そうすると結末は違ってくるのかもしれませんが、とりあえずここで一旦終わっていることは確か。ゆるーい安心感。
 村上春樹の長年の読者として、今こういうゆるい作品が生まれたことは素直に受け止めたいと思います。でも、初めて村上春樹を読む人には言っておきます。
 本当はこんなもんじゃないよ。

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「放浪記」 林芙美子
作者自身の、貧しくみじめだった生活。雑然と並べられた日記だからこそ、感じられる真実味。それを乗り越えて生きる強さ、そしてやさしさ。


 貧しく、強く、やさしく。

 作者自身の自伝的小説と言われる「放浪記」。自伝といっても時系列的に自身の過去を振り返ったり、自己を分析したりするのではなく、その時に書いた日記のようなものを雑然と並べただけ。説明はいっさいなく、その時々の出来事、感情がありのままに描かれます。
 今日の仕事、今日食べたもの、出会った人。何を売ってその日をしのいだか。具体的な数字と共に描かれるからこそ、より真実味を感じることができます。
 故郷はなく、親子3人行商をしてさすらうあまりに貧しい生活。1人東京へ出て、詩や小説で生計を立てたいと思いながらも、現実は職を転々とするその日暮らしの生活。事務、女工、女中、そしてカフエーの女給。木賃宿に泊まりながら、職安へ行き、履歴書を書いて職を探し、時にカフエーの戸を叩いて住み込みで働かせてもらうことも。カフエーには同様みじめな女が多く、男運がないのもみな共通です。貧しく余裕がないからこそだまされる女たち。「食いたい」「金がほしい」というあまりにダイレクトな言葉が、本当の貧しさを強調します。
 それにしても、そんな極限の状態にあって1人で生きていける芙美子は何と強い女であることでしょう。時に男にすがりたいと思っても、何とか食わせてくれるような誠実な男では物足りず、どうしようもない男にほれて、いっそうみじめな思いをする芙美子。堅実に生きることよりも、自らの欲求を満たすことに貪欲な芙美子。その欲求が何より「ものを書く」ことであり、書きなぐったかのような詩に感情が溢れ返っています。その詩を1人新聞社に持ち込む度胸もたいしたもの。貧しい生まれの女が自分に正直に生きるには、これほどの苦労がいった時代なのでしょうか。
 貧乏な人ほどやさしく助け合って生きる姿が印象に残ります。わずかしかないお金を、時により貧しい人に分け与えてしまう社会。みじめだからこそ、わかりあえるカフエーの女たち。芙美子もわずかのお金が貯まると親へ送金。芙美子の貧乏の始まりは両親ゆえですが、男にめぐまれなかった不幸な母を思う気持ちが随所に表れています。
 改めて、なんと強い女性でしょう。これだけの苦難があるからこそ彼女は作家になれたのかもしれません。ありきたりのぬるい人生では彼女には物足りなく、自分でも気づかぬうちに、あえて苦難を求めることで、作家となるためのレールを敷いていたのかもしれません。

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